『ラモ・フェス』から映画『ランブル』リッチーの誕生日

 

 

 

 

 

先週のニュースでもアナウンスしたRFCJの会員のタムラユメさんがスタートしたカルチャー・ウェブ・マガジン『Dom’t Look〜?』では、8月8日から15日まで【ラモーンズ・フェスティバル】と題してウェブ上でラモーンズにまつわる人のインタビューや記事がリレー連載中です ! ! 

 

スタートは会長に聞くラモーンズ・ファンクラブ・ジャパンを作る経緯や、タムラユメさんが『I Love Ramones』や『Thank you Ramones』を読んで聞きたかった質問に答えるインタビュー。20代の時「リフ・ランデルに負けてられない」と部屋中ポスターだらけの写真やジョニーから送られてきたポスターを提供しているので、是非チェックしてみてね〜。w  

 

 

そして後半では、このRFCJを作らせた超本人、もしジョニー・ラモーンが2020年の活動を知っていたらどう思っているか?  を私が答えています。もちろん妄想だけど、でもバンドが終わってからも「ファンクラブ、やめるのか?」と言っていた人だから、、、、という憶測で答えました。チェックしてね。ジョニーが作らせたファンクラブ〜20代の会員のタムラユメさんがスタートしたウェブ・マガジン〜とバンドが終わって20年以上経つのに、ラモーンズが聴き継がれていくこの繋がり。ブログにも書いたけど嬉しいね。ウェブだけじゃなく、バンドだったり、お店だったり、いろんな形でラモーンズが聞き、歌い、語り継がれている日本の状況は最高だな。

 

 

8月11日はリッチー・ラモーンの誕生日(63)。HAPPY BIRTHDAY RICHIE!!    ラモーンズ時代に来日していないリッチーのライブをソロで日本と聖地巡礼ツアーの時の2016年にLAで見れていたこと自体ラッキーだった。自分のバンドで来日した時に新宿の歌舞伎町でGo ProでPV撮影しました。その時の撮影の様子はPV『I Fix This』にも残っているのでチェックしてみてね。

 

 

 

 

その時にリッチーと初めてちゃんと話したけど、自分のバンドのプロデュースを自分でやる人なんだというのは、ネットではわからなかった点。もちろんメンバーが自分より若いというのもあると思うけど、歌舞伎町のロケーションも歩きながら「ここにしよう」と決めたり、ああして、こうして、とセルフ・プロデュースもしていました。日本にも再来日したいというリクエストもしょっちゅうある(連絡が来る)んだけど、これからどうなるかな。CJと一緒にという話もあったりします。まずは世の中が普通に戻るのを待ちましょう。

 

 

 

 

最後は先週末に(8/8)に公開が始まった映画『RUMBLE』を再度ご紹介。50年代のアメリカでインストなのに放送禁止にされるほど弾圧をうけたネイディブ・インディアンのロック。その知らざれる歴史が多くのミュージシャンによって語られている貴重な映画。アメリカのバンドに多大な影響を与えたとされるルーツ・ミュージックの記録。この映画にマーキー・ラモーンもコメントを残しています。マーキーのコメントを聞くと、ラモーンズ加入前に在籍していたDUSTの音と繋がる気がします。私もアメリカでもネイティブ・インディアンの居住区ナバホをドライブするのが好きなのに、このロックのルーツをあまり知りませんでした。ロックはもちろん、ブルースやジャズにまで影響を及ぼしたとされるネイティヴ・インディアンのミュージシャンのお話。是非チェックしてみて ! ! いろいろと規制だらけの夏休みだけど、みなさま気をつけて楽しく過ごしましょ!   

 

YUKI / RFCJ

 

 

リッチーの呼びかけ、ラモーンズをフューチャーしたウェブの紹介、です

 

 

 

 

 

今日はリッチー・ラモーンのニュースから。今大きな問題となっているカリフォルニアのホームレスに関して「ここ10年で最も悪い状況」であることを自身のHPで寄付を呼びかけています。レッド・ホット・チリペッパーズのフリーもホームレスに食事を配給する場所でサポートをしていることがニュースになっていましたが、コロナ禍の間にこの問題が深刻化している様子が伝わってきます。寄付はリッチーのHPでチェックしてください。

 

 

先週、CJの近況をニュースにしたけど、日本語の(この)ニュース、チェックしているのかも?  「今はSNSもストップしている」と本人が言ってたので「日本のファンはそれを気にかけている」と返答したんたけど、、、おとといあたりから魚釣りの様子がアップされていました(笑)。たまには近況報告してくれた方がファンは嬉しいよね。

 

 

1978年の本日、8月3日、ラモーンズはNYのお隣、ニュージャージーのアズベリー・パークでパティ・スミスとライヴをしてます。当時のラモーンズとパティ・スミスとの共演は、どんなムードだったんだろうか?  ニューヨーク出身だけではくくれないはずだけど、その後パティ・スミスとはツアーはしていません。そのかわりトーキング・ヘッズやトムトム・クラブとはエスケープ・フロム・ニューヨーク・ツアーでアメリカを一緒にツアーしています⇦「このツアーは楽しかった」と言ってました。

 

ここでラモーンズを見る♡

 

 

そのアズベリー・パークは公園ではなく街の名前。このアズベリー・パークにあるホテルの屋上で明後日7月5日に屋上映画鑑賞が開かれるそう。上映作品はラモーンズの『END OF THE CENTURY』とジョーン・ジェットの『BAD REPUTATION』。オーナーがロック・ファンなんだろうか?  これはいいアイデア! 楽しそう。日本でもどこかでできないかな? 楽しい企画を考えたいです。 

 

 

 

最後に今週8月8日と9日にラモーンズを取り上げたDIYカルチャー・マガジン『Don’t Look?』で私のインタビューが掲載されます。このサイトはラモーンズ・ファン・クラブのメンバーでもあるタムラユメさんが作ったカルチャー・マガジン・サイト。音楽のこともどっさり掲載。彼女が好きな音楽などを形にしたかっこいいサイトです。ラモーズの書籍を読み、ラモーンズについて彼女の視点で私にインタビューしてくれました。『THANKYOU RAMONES』や『I LOVE RAMONES』に掲載していない写真も提供しています。SNSでもまたおしらせしますが、是非チェックしてください。お楽しみに!  

 

 

YUKI

 

 

 

 

 

 

CJの近況、今夜のラジオ、ジョーイの弟のミッキーのことー!

 

 

 

7月最終週の月曜日のニュースがバタバタしていて水曜日になってしまった。ごめんなさい。ライターの友達に「書き留めとけ」と言われるんだけど、あらかじめ準備しておくんじゃなくてその時の勢いで書きたいでこうなっている(反省)。

 

 

まずは今夜 ! !

 

 

FM横浜の番組「HayatoのWatch Out! Radio」にトークで出演します。

横浜の名所を紹介する番組でついにクラヴチッタ前のROCKウォールが名所の仲間入りです! 

 

Fm yokohama 84.7EK radioHayatoのWatch Out! Radio の中の「KENSHIN(ONE N’ ONLY (https://one-n-only.jp )のヨコハマップ」というコーナーです。7/29(水)23時45分から50分まで。ですがラジコでも聞けると思うのでチェックしてみてね。

 

 

『レコードコレクターズ』最新号(2020年8月号)の「I LOVE ROCK’N ROLL」特集にラモーンズも取りあげられています。企画が面白そうなので私もこれからチェックしてみます。勝手に思うのは、みんなある程度は、いろんなロケンロール聴いてきたと思うんですよ。だからこうゆう企画もまず最初に「ロックンロールをどのくらい聴いてきましたか?」  みたいなアンケートからはじまって「○ページに飛ぶ」というジャンルや嗜好で行き着くおすすめロケンロール・バンドがわかるページ構成みたいなのでも良いかなと思ったりします。30年以上聴いている身としては、(これはもう聴いたよ)みたいなのもたくさんあるので。でも記事を読めば、新鮮な切り口で聞けたりするかな?  チェックしてみてください。記事の中にはジョーイのバースデー・バッシュの写真も掲載されているそうです。

 

 

 

 

そのバースディ・バッシュを主催しているジョーイの弟、ミッキーのことを少し。彼も、既に60歳オーバーだと思うけど、今スリー・ピースのポップ・パンク・バンドをやっています。最近SNSにアップしていた曲がポップでカッコイイのでチェックしてみてください。オリジナルはピーター、ポール&マリー。こっちも良いので聴いてみてね。アレンジは完全にラモーンズなポップ・バージョン。そして撮影場所は兄もここでPV撮ってたねのフォレストヒルズ。彼はクイーンズを離れないし音楽を続けていることもあり、今、コンタクトを取っいて、将来、聖地巡礼ツアーが可能となったら、フォレストヒルズのRAMONESWAYの前かセブンイレブンかバーカーギングで会いたいなと勝手に思い描いています。現実は遠いかもしれないけど、計画は立てるのは自由だから。この動画は日本人が撮影しているようです。 

 

 

 

最後にCJの近況をお伝えします。父親をサンフランシスコに呼び同居をスタートしたCJ。「彼(お父さん)は日常のペースがゆっくりだから、毎日ゆっくりした時間が流れているよ」とのことで、ステイ・ホームもリラックスして過ごしている様子です。前から言っていた船の操縦免許を取るために勉強もしていて、取れたら大きいボートを一隻所有するのが夢。(日本まで船できたりして!?  w ) いずれにしても、そんな環境の変化もあり、引退宣言をしてからはSNSも止めて家族との生活を満喫している様子です。ファンからすると少し寂しい気もするけれど、私個人は年齢も近いし、コロナでみんな今やれることを、やっておかなければならないことを優先するのも理解できるかな。

 

 

でも最後の来日公演はちゃんと生きていますので。まだまだコロナと共存していく中でどうなっていくかは誰にも分からないけど、CJ自身もラスト・ランは頭にあります。コロナ早く収束してくれ〜。みなさま、雨の日も続いているようなので、引き続き震災、コロナ、気をつけて。そしてSTAY POSITIVEでいきましょう。またね。

 

 

YUKI ? RFCJ

 

 

 

 

 

 

 

 

最新ニュースとフィルモア楽器社長に関する大切なおしらせ

 

 

本日、7月20日は『Pleasnat Dreams』がリリースされた日です。1981年のこと。ちょうど初来日公演はこのアルバムがリリースされる1年前になる。ジョーイの彼女としてリンダも来日しているのが1980年6月。『K.K.K』が収録されているアルバムのリリースが1981年7月。

 

 

 

 

「このバンド、立ち止まらないなぁ」と変なところで感心してしまいます。ちなみに1982年の夏はUSフェスティバル。これは映像が商品になっているので、ジョーイがバットを持ってステージに立っているカッコイイ動画はみんな見ているよね? 不在のバンドでも、こうやって残された映像や活字の記録を繋げていくと、バンドのスタンスやムードまで伝わってくる。それがたとえ擬似的だったとしてもだ。

 

 

『Pleasant Dreams』の前にリリースされた作品は『End Of The Century』。これもアメリカでは売れなかった。ジョニーが「フィル・スペクターがプロデュースしても俺たちの作品は売れない。それならライブ・バンドとして生きて行く」と覚悟を決めたシーンが映画『END OF THE CENTURY』で描かれているけど、この決意が「前に進め」の軍隊的リーダーとしての決意にもなっているんだろうと思います。映画『End Of The Century』をラモーンズ・ファンで見ていない人がいたら、この秋、UNDERGROUND ROCK FESTIVAL=UNDERDOGでいろんなロックのアンダー・グラウンドなドキュメンタリー映画が上映されるので見逃した人は是非この機会にチェックしてみてはどうでしょう?

 

 

 

 

 

大事なおしらせを。ジョニー・ラモーン・シグネルチャー・モデルやCJのベースを製作し、ラモーンズ・ファンには馴染みが深いモズライト・ギター店、FILLMOREの遊佐社長が5月31日に急性胃癌のため急逝されました。アナウンスの許可が出たので本日のおしらせとなったことをお詫びします。ご冥福をお祈りします。

 

シグネチャー・モデルの製作が決定したことを伝えた時、ジョニーは本当に喜んでいて何度も「遊佐社長にサンキューを」と言い、常に敬意を払ってました。

 

遊佐社長とCJ.

 

 

CJのベース盗難事件の時のことは書籍に書きましたが、ラモーンズ・ファン・クラブ主催の聖地巡礼ツアー<東京編>でお店を訪ねた時、いつも温かく迎えてくれました(その時の様子はこちら)。来日のたびに必ずお店に顔をだしていたCJにも伝えました。長いコメントの中の「非常に悲しいニュースだ」と「社長は好きな事を仕事として生きてこられた方。きっと良い人生だったと思う」というメッセージが印象的でした。R.I.P.

 

 

最後に、九州の豪雨で被害に遭われた会員の方の1日も早い復興を願います。そして、会員のみなさま、なかなか収束しないコロナに負けず前を向いていきましょう。告知をしたZOOMによる会員とのオンライン・ディスカッションは私の仕事が立て込んでいて少し遅れてるけど、今月中に日程をおしらせします。来月にはあれこれ喋りましょう。

 

YUKI / RFCJ

 

 

 

 

 

7月11日はTOMMY命日。『激情』のヘソ出しTシャツの理由を教えてくれた話

 

 

 

 

先週末、7月11日はオリジナル・メンバー、トミー・ラモーンの命日でした。トミーといえば、ファースト・アルバム『ラモーンズの激情』で背伸びして、ぴったりのTシャツからヘソ出しというビジュアル。そのことについては書籍『RAMONES FILE』(シンコー・ミュージック)に、インタビューをした時に聞いたことがあります。「どうして一人だけ"へそ"を見せたのか?」と。

 

 

 

 

トミーは「当時はとにかくみんなグラム・ロックに傾倒してた。だからぴったりしたTシャツを着たくてね。それに当時はそれが流行ってたんだ。ボーイズ・アンティークTが好きだったってこともあった。それに撮影はふざけた方がいいと思ったのさ。まあヘソが出せる体型だったってことが一番だけど(笑)」と答えてくれました。70年代はもっとひりひりしていた人だったとも思うけど、2004年は、この壁の3人がみないなくなってしまった時だったので、初対面の自分にとても正直に答えてくれて誠実な人だなと思った記憶があります。

 

 

ラモーンズには3人のドラマーが存在するけれど、それぞれスタイルが全く違うのに、3人が叩くアルバムは三者三様の叩き方でマッチしていて曲が生きてラモーンズ・ビートになっている。その違和感の無さが不思議すぎるくらい。好みはあっても嫌いではないというか。リッチーの叩く後期の曲は彼が叩くからあのラモーンズだし、トミーの叩くオリジナル・ラモーンズはしっかり基礎と土台を作っていて、次のマーキーに伝授している。チャンスはまだあるからマーキーにはリッチーの、リッチーにはマーキーのドラムを、どう思っているのか、ちょっと聞いてみたいかも。

 

 

今日はもうひとり、ラモーンズには切り離せないこの方にも敬意を表したいです。。91歳で亡くなった映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネ氏。ラモーンズを始め、モーターヘッドやメタリカもSEに『続・夕日のガンマン』を使用。多くのロック・バンドがこの曲を好んで使いました。暗転した状態でこの曲を聴くと勝手に今も鳥肌が立ちます。

 

 

最後に7月11日(土)の深夜にFM横浜の番組『Radio HITS Radio』でラモーンズがかかりました! with 私のプチ・インタビュー付き。良かったらラジコでチェックしてくださいね。

 

YUKI

ラモーンズが契約書を交わしたアートゥロ・ベガのロフト、遂に売却

 

 

 

 

Dee Deeの名曲『チャイニーズ・ロックス』の歌詞にも登場する、イーグル・ロゴ・デザイナー、アートゥロ・ベガのロフト(Arty’s HOME)が遂に売りに出されました。ラモーンズが『ラモーンズの激情』の契約書にサインした場所でもあり、CBGBから徒歩30秒。今も目の前にはJOEY RAMONE PLACEがある場所。つまりここが70年代のラモーンズにとって拠点だったと言っても過言ではない場所です。

 

 

不動産の掲載写真

 

 

同じ車に見える↓<聖地巡礼ツアー時 2016年>

 

 

 

CBGBもファッション・デザイナー、ジョン・バルベイトスが、CBGBの面影を残したままショップをオープンさせているので、ラモーンズのを理解している人が購入してくれればいいが。お金持ちのラモーンズ・ファンが買ってくれないかな、7億8千万円だけど。不動産の説明にはラモーンズと「5人目のラモーン、アートゥロ・ベガ」と記載しています。

 

 

現在、CBGB跡地にあるJOHN VARVATOSの店内

 

 

映画『END OF THE CENTURY』でDEE DEEが「クイーンズからマンハッタンに向かう道のりは遠かった」と語っているけど、地下鉄に乗って、クイーンズまで帰らなければならなかった70年代のラモーンズにとって、アートゥロのロフトはまさにHOMEだったと思います。アートゥロが生前「ここをラモーンズ・ミュージアムにするのが夢」と語っていた意志はベルリンのラモーンズ・ミュージアムに受け継がれたとはいえ実現しなかったことは残念。

 

 

彼が生きている頃は、NYへ行くと私もここに泊まらせてもらい、ベガも東京に来ると我が家に泊まっていました。ベガはラモーンズとツアーに出るから、家をあけることが多かったので、ルーム・メイトに1部屋レンタルしていて、ルーム・メイトがツアー中のロフトを守っていたけど、家主が不在になってからはNYの家賃も跳ね上がり(特にあの辺はハイ・ファッションの店が並ぶエリアになってしまったまで)、誰も住めなくなり、維持も出来なくなりました。

 

 

 

ここからジョーイのアパートも近いので、よくふたりで朝の(ブルーベリー)パンケーキなどを食べに出かけていたと聞きました。ラモーンズが活動を止めてファン・クラブをスタートした話は『Thank you RAMONES』にも書いた通り、ラモーンズに関連する権利とビジネスに攻撃されるまで、あのロフトでTシャツやファンクラブの会員宛のグッズを楽しそうに封筒につめて、大きなカゴに乗せて郵便局まで毎日通っていてそれが、引退後のラモーンズに関する彼の仕事でした。

 

 

グラフィック・デザイナーだからか、部屋はきちんと整理されていて販売用のTシャツの棚までDIYで作りロフトはラモーンズ・ファン・クラブの拠点でした。デスク上にあったパソコンの中には見たことのないラモーンズの写真がどっさりあったけど、あの写真はベガと共に消えてしまった。それとも誰かが持っているのだろうか?  

 

 

2016年に、ファンクラブの会員を連れてNYとLAを聖地巡礼ツアーをした時にもここを訪問。ドアにはラモーンズやバンドのステッカーがたくさん貼られていてパンクなたたずまいでした。引き続き、ラモーンズのロフト、アートゥロ・ベガのアパートの行方は見届けてまたおしらせするつもりです。

 

YUKI / RFCJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

40年前の今日、ラモーンズは東京・渋谷に居ました

 

 

 

 

初来日から40年。本日6月29日、ラモーンズは東京渋谷のPARCOの中にあった西武劇場でライブでした。日曜日だったのね。しかもライブは15時スタートという非常にイレギュラーな時間からスタートしている。びっくり。

 

 

RFCJのホーム・ページにも記載してあるけれど、1980年代のことで彼らが良く口にしたのは「地震」。演奏中のメンバーは気がついていなかったみたいだけど、クルーや初来日に同行していたリンダ(ジョニーの妻で元ジョーイの彼女)は「地面が揺れて壁にへばりついたわ」と恐怖体験をよく話していました。当時のディレクター、諸星さんによると「地震の時、西武劇場の天井からぶら下げられていたスピーカーがブランコのように揺れていた」そうです。

 

 

初来日の東京公演は、劇場なので当然椅子席。それでも当時にしては珍しく、観客は椅子席を突破し、前列に集まりスタンディングで見たようです。私は行ってないので、当時の体験者から初来日公演の話はたくさん聞きました。当時のニューヨーク・パンクの日本での認知度はそこそこで、前座のシーナ&ロケッツを見に来たファンと、ラモーンズのファンは半々くらい。チケットも完売もしなかったそうです。

 

 

その後のラモーンズを取り巻く状況の変化の歴史も興味深くて、、、2020年の今、クラブチッタ川崎の正面に飾られている1994年のROCKウォールの10mジョーイやジョニー、RAMONESは、来日アーティストではレアなクラブチッタ5日間公演が出来る人気バンドになっていき、その後はレジェンドになって行きます。

 

©yuki kuroyanagi photography

 

 

初来日エピソードは京都公演の「スタジオあひる」から帰る時の話がとてもおもしろくて、ライヴ後に帰りのタクシーが捕まらず、豪雨の中、工事機材を乗せたハイエースを当時のディレクターさんが無理やり止めて、そこの荷台に全員乗せてもらった ! というヒッチハイクさながらの話や、NHKに出演した時の話(DEEDEEが逃げ出さないようにずっと一緒にいたりしたこと)など、これまでにもトーク・ショーなどで聞かせてもらっていますが、逸話が多すぎて、記録として本にまとめたいくらいです。(当時の)ディレクター、諸星さん、いつも貴重なお話を、ありがとうございます。打ち上げは渋谷の焼き鳥屋、東京と京都は1日2回公演、東京の宿泊は今もほぼ当時のまま存在する渋谷の東武ホテル…などなど。話を聞いて行くと、1980年の様子がぼんやりだけど浮かんできます。

 

 

 

 

というわけで、1980年の初来日公演はどんな曲をやっていたのか、セットリストを調べたけど、見つからなかったので、1980年10月のNY公演のセットリストで想像してみてください。2年前にRFCJの会員と東京の聖地巡礼ツアーをやったけど、国内聖地巡礼ツアーもまたやったら楽しいだろうか?  チッタ前のROCKウォールを最終目的地にして。  

 

Yuki / RFCJ

 

 

 

【RAMONES setlist : NYC 1980 / October】

 

. Blitzkrieg Bop

. Teenage Lobotomy

. Rockaway Beach

. I Can't Make It on Time

. Go Mental

. Gimme Gimme Shock Treatment

. Rock 'N' Roll High School

. I Wanna Be Sedated

. Do You Remember Rock 'N' Roll Radio?

. Now I Wanna Sniff Some Glue

. I Just Want to Have Something to Do

. Sheena Is a Punk Rocker

. Let's Go

. Commando

. Here Today, Gone Tomorrow

. I'm Affected

. Surfin' Bird

. Cretin Hop

. All the Way

. Judy Is a Punk

. California Sun

. I Don't Wanna Walk Around With You

. Today Your Love, Tomorrow the World

. Pinhead

. Do You Wanna Dance?

. Suzy Is a Headbanger

. Let's Dance

. Chinese Rocks

. Beat on the Brat

. We're a Happy Family

 

 

 

 

 

 

 

クラブチッタ川崎の10mボードはもう見に行った? と追加の映画ネタです

 

 

 

1日遅れてしまいました。すみません。

早速、火曜日のニュースは会員からの写真から行きます。

 

 

関東は6/19から越境移動も全面解除されました。「やっと川崎に行ける」「行ってきました」のメールも届いてます。早くイベントやりたい。密が解除されたら必ずやりますからね〜。2階から至近距離でジョニーやジョーイを拝んでください。

 

RFCJ Member★堀内くん、ありがとう。

RFCJ Member★

佐藤さん、ももちゃん、ありがとう。

 

 

私も近日中にまた行きたいと思います。モーターヘッド研究家の長谷川君曰く「日も伸びて来たので夜でもカッコよく見えますよ」とのこと。夜はライトアップもされるのでそっちもかっこいいので、夕方から行って見て、ご飯食べて、夜にまた見る。こんな感じかな。なんなら数人くらいで観に行こうツアーでもやろうかな。拡声器持参で。

 

 

あの頃、ラモーンズのライブを体験しているファンが口にする言葉が「こんな感じでジョニーを見上げていた気がする」。このセリフ、本当に多いです。クラブチッタのステージは1mくらいの高さがあり、ライブハウスや他のクラブに比べて高いです。しかも前の方にいるとグイっと見上げる感じだったなぁというのを、ファンのセリフから思い出しました。そして後ろからはステージ・ダイブをするファンが非常にテンポよく滝のように降ってくる。それがラモーンズのライブでした。

 

 

二年間、ジョニーとジョーイはクラブチッタ川崎の前に凛として立っているので、是非夕方から見に行ってください。そしてお隣の駐車場4階くらいからレミーも見てね。「R.A.M.O.N.E.S」を聴きながら行くといいかも! 

 

 

もう1つお知らせがあります。「withコロナ」でエンタメが一変してしまい、私が計画していた2021年に聖地巡礼ツアーVol.2をもう一度遂行するという企画も、来年は物理的に不可能となりそうです。

ただ、この企画は人数が集まれば遂行するつもりです。飛行機のフライトが元に戻り、ニューヨークに日常が戻ったらだけど、もう一度行きたいと思っています。ラモーンズの居た頃のニューヨークやラモーンズに対するリスペクトはクイーンズからは消えていないし、むしろ増えています。激情のレンガの壁が壊される前に、もう一度行ってみんなでピザを食べたいですね。

 

 

潰れていなかった。よかった。(T  T)

 

 

未来のことはわかりませんが、行きたい人はお金を貯めてください。やりたいこと、やろうと思ったことは、すぐやります。「次は無い」ということも今回生んだこと。私が企画して行動する案件なので、今の気持ちを書き止めておきます。ニューヨークへ行きたいファン、LAでお墓参りがしたいファン、が集まるなら企画して実行します。

 

 

 

 

最後は先週、映画ネタを書いたら、他にもあります情報が届いたので追加情報。

まず会員の渡辺君と菊池くんから、今週末から公開の『ソニック ザ・ムービー』でカバー曲で『電撃バップ』が使われていますとのこと。アメコミやテンポのいい場面にマッチするねーやっぱり ! !

 

 

仕事仲間の赤尾さんからも音楽映画『RUMBLE』に関して。アメリカ先住民、インディアンたちの音楽的ルーツや影響力を描いた作品の中でマーキーがコメントしているとのこと。どんなことを語っているのか興味あり。赤尾さんも空をいれた写真を送ってくれました。

 

 

 

 

みなさま、情報ありがとうございました。

 

 

クラブチッタ川崎に行かれた人は写真送ってね。7月にオンライン飲み会も予定しております。テーマは無しでだらだらやってみようかと(笑)  それでは引き続き、気をつけて過ごしてくださいねー。良い一週間を。YUKI

 

 

 

 

 

 今日はちょっと変則的ですが映画ネタ2本

 

 

 

 

今日はちょっと変わった切り口でラモーンズに関係する(?)映画ネタをご紹介。

 

 

1本目はロシアのロック・バンドの実話をベースにしたこれから公開の『LETO』。この映画にラモーンズは出てきませんが、この映画のベースとなっている80年代はまだ共産党が「有害で危険な38の西側のロック・バンド・リスト」なるものを配布していて、この中にRAMONESも入っていたそうです。どこにRAMONESと書いてあるのよくわからないんだけど、29番目らしい。パモーンに見える…(笑) まあ『ROCKET TO RUSSIA』なんてアルバム作ってるんだから、当然といえば当然。だけど、パンクだからという理由で、クラッシュも入っているのにピストルズは入っていないのは何故だろう?   音楽も自由に聴けないなんてと思うかもしれないけど、それはそれでラモーンズがロケットで狙っていたロシアの音楽シーンを覗いてみてください。※この記事は元CBS SONY野中さんのブログを参考にさせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

もう一本はNetflixで配信が始まったスパイク・リー監督作品『ザ・ファイブ・ブラッズ』

 

 

 

 

予告編を見るといきなり『Time has Come Today』が流れてくるのでラモーンズ・ファンは気分がアップするんじゃないかな。曲はラモーンズではなくオリジナルのTHE CAHMBERS BROTHERS。こうしてオリジナルを聴くと、どうしてラモーンズがこの曲をカバーしようと思ったのか、気になってしょうがないです。どこかに書いてないのかな? と気になりググってます。

 

 

プロモーション・ビデオまで作っているしね。当時のSIREかワーナーにこのチャンバーズ・ブラザーズと関係のある人物がいたのか。。。誰か『サブタレイニアン・ジャングル』に収録されているカバー曲に関するまつわる記述が英語でも日本語でもどこかに載っていたらファン・クラブまで是非ご一報、お願いします ! !  スパイク・リー監督はニューヨークやアメリカをネタにする方なのでチェックしてみてください。オリジナルの方も是非聴いてみてね。

 

 

明日はZOOMで25名限定のマーキーのドラム・レッスン ! !  さっきスタジオでリハーサルやってました(インスタグラム)。明日用か?  日本から参加する人いないよね?  いたらこちらもご一報、お願いします(何から何まで人頼みですみません・笑) 

 

 

YUKI

 

 

 

 

 

 

DEE DEE の話からZOOMでマーキーとオンライン授業まで

 

 

 

東京もようやく緊急事態宣言が解除されました。みなさん、元気でしょうか?   通勤が始まり、学校も分散登校とオンライン授業がスタート。私も撮影が再開しました。在宅になれた身体に鞭うってリスタートしてます。w

 

 

今日のニュースはオンライン・ドラム・クリニックの話から。来週の火曜日(日本時間は17日の朝9時)、「ROCK’N ROLL FANTASY CAMP」というオンライン・クリニックでにマーキーが登場します。考えてみれば凄い時代だよね。ファンクラブもZOOMでオンライン・セッションに挑戦したけど、地方の会員とも話ができてなかなか楽しかったし、これは時々やりたいと思っている。あ、先週のアンケート、数字を間違えてたので訂正しました。2020年は自宅からマーキーと繋がれちゃいます。$100かかるけど。

 

 

ZOOMを利用してキャリアのアドバイスから、技術的なドラム・レッスン、Q&A、などをマーキーと直接やりとりできるそうです。25人というZOOM1画面の人数限定で、話すチャンスは少なくとも一人1回はあると記載されています。英語は分からなくても、なんとなくエイトビートのレッスンなら分かるんじゃない?  誰か来週の水曜日に挑戦してみてはどうでしょう?  詳細と申し込みはROCKCAMPをチェック。参加したらレポートしてね〜。

 

 

この企画、おもしろいのはドラマーだけではなく、プロデューサー(Guns N Rosesのプロデューサー、MIKE CLIBK)やラジオ番組のDJ、ギターリスト、ソングライターとしてGRAND FUNK〜のMARK FARNERなども参加しています。音楽業界を知りたいファンやマスコミ志望者にもなかなか良い企画かも。

 

 

6月5日はDEEDEE の命日だったので、SNSのニュースでは、DEEDEE KINGをピックアップ。DEE DEEの初めてのソロ・アルバムはラッパーDeeDeeKing。映画『END OF THE CENTURY』の中でジョニーは笑いながら「ラッパーだぜ?」と言っていたし、当時はラモーンズ・ファンの間でも「誰も止められなかったのか」とか「よく他のメンバーに怒られなかったね」と言われてましたよ、もちろん。

 

 

 

でもソングライターDEEDEE RAMONE、音はきちんと評価されていました。自分自身がドラッグ所持で逮捕されちゃったワシントン・スクエアで撮ったMVも決してかっこいいものではないんだけど、それもDEEDEEらしくて、「ニューヨークドールズみたいな衣装もたまには着たい。革ジャンばっかりで飽きた」と言っちゃう正直なところも憎めず...(苦笑)。でも、それが彼の魅力でもあり。アートゥロ・ベガが「天使と悪魔の両面がある」と言ってたが、私の印象は正直で人を騙せないタイプに見えた←天使の方の時かも。ジャンキーだから気分屋だけど、LAの自宅に言った時に「やあ、水しかないけど水でいい」とそうゆうところ変に気取らずコップで水出してくれたのが、すごくDEEDEEぽくて好きなエピソード。

 

 

 

 

ところで、MV「FUNKY MAN」であのワシントン・スクエアを一緒に行進した人たちは「明日MVの撮影やる」で集まったエキストラだったんだろうか?   80年代は失笑はされていたけど、それも愛ある失笑でブーイングでは決してなかったな。音やスタイルはきちんと評価されていたし、指輪やゴールドのアクセサリーで固めたビジュアルをやりたかったのは、「当時ラップがストリートの最前線の音だったからだろう」とは元クロスビート大谷編集長の評価。DeeDeeがそこに惹かれたのは理解できます。DEE DEE RAMONEは知れば知るほど魅力的。誰かZOOMトークて「もっとDEE DEEを知ろう企画」やりません? w では今日はそのFUNKY MANで締めよう。それではまた来週。今週も頑張りましょう。YUKI