『UNDERDOGS』の様子とCJ & リッチーのビデオ・チャットするインフォメーションまで

 

 

 

SNSでは4年前の今日、成田からNYへ飛んだ日という過去ネタが登場していましたが、、、ラモーンズ・ファン・クラブ・ジャパン企画の『NY&LA・聖地巡礼ツアー』を決行した日でした。あれから4年後に、自由にNYへ行けない状況が来るとは予想もしていなかった。。。

 

 

2021年にもう一度、聖地巡礼ツアーvol.2を開催する予定だったけど、まあ、またいつか行くことはできると信じているので、今のところまだ諦めていません。しつこいけれど、行きたい人は積み立て貯金をしておいてくださいね。

 

 

今日は東京・大阪のシネマートで開催されているロック映画のフェスティバル『UNDERDOGS』の現場の写真が会員のキクチ君から届いたので、ご紹介。ラモーンズはCDやDVDが販売されていて、2004年公開当時に発売した企画ものTシャツ(実際には5〜6社(者)とコラボしたTシャツが発売されました)、リリーフランキーさんの描いたラモーンズや映画のアイコンTシャツ、アーティスト奈良祥智さんのイラストTなど、ユニークなコラボTシャツがたくさんリリースされたんですよー。

 

 

中古CDのセール販売も!?  photos by kikuchi-kun. THANX.

 

 

先週おしらせしたRFCJ企画のLP型パンフは展示だけされていた様子。持っている人は大事にしてください。在庫は我が家に2冊あり(会員オンリーで欲しいはメールください。こちらには透明のロゴ入りビニール袋はありません)

 

 

私は試写会を含め『END OF THE CENTURY』は30回位、いろんなシチュエーションで見たので、今回はパスしてますが、未見の人は是非。この映画、見終わるとラモーンズがわかる人と語りたくなると思うので、友だちと行く事をお薦めします。シネマート新宿は9/23日にもう一度上映されます。

 

 

最後にアメリカ時間の24日にCJとリッチーがインターネットで1対1でトークやQ&Aに答えるという企画に参加します。これは日本でいうところのコミック・マーケットみたいなポップ・カルチャーを扱う会社WIZARD WOLDの企画。チケットを購入して参加します。配信トークショーですね。興味ある人は日本時間の25日朝の5時( ! ! ! )にチェックしてみてください。もちろん英語。万が一起きてた人はレポート宜しくお願いします。私は寝てます。w 

 

 

 

いよいよスポーツ・エンタメの規制が解除されつつあり、コンサートやツアーに繋がるか期待が高まるところ。いろんな企画は用意しているので、しばしお待ちください。地方会員の為のオンライン企画も引き続きやります。今さらながらRFCJのYouTubeチャンネルも作ってみました。まだテスト中なので、これを使って会員のみなさんとより簡単に繋がれればと思います。これから勉強します。w お楽しみに。インターネットや配信やウェブ・サイトに強い人、是非、サポート宜しくお願いします。それでは良い休日を!

 

YUKI ? RFCJ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョニーのFaborite動画 !

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9月15日はジョニーの命日。今週のニュース&ブログはジョニーのFABORITEを紹介します。1980~90年代はMTVの時代。youtubeももちろん存在しなかったので、ジョニーがビデオ・テープをダビングしてくれてファンクラブに送ってくれました。それは完全に趣味の領域で「おもしろいから」とか「見たことない」という私たちが「観れるように」送ってくれたということ。まだ来日も頻繁にしていたので、ラモーンズのライヴ映像をビデオ・テープで楽しむことが最優先ではなかったと言えます。

 

 

このラインナップはyoutubeで是非、見てください。今年の1月に浅草のシアターで開催したファンクラブの『FILM & TALK』でも流したコンテンツだけど、コロナが終わったらまた貴重映像追加して開催したいと思っています。

 

 

#1  RITZ / NYの54丁目あたりにあったライヴハウス「RITZ」のライヴ映像

探したら1989年9月30日にCJにとってラモーン36本目のライヴ映像がありました。CJの指がつってるんじゃないか? っていうシーンもあるんだけど…(笑) これは貴重です。 なぜジョニーはNY  RITZが好きだったかというと、「自転車で行けるし小屋のサイズもちょうどいい」からとのこと。日本でいうとクラブチッタと同じくらいの収容人数。80年代後半はCBGBよりもここが好きでした(笑)

 

 

 

#2  Don KIRSHNERの番組

「テレビは収録が長いから嫌い」といってたけど、この番組は「良い」と言ってたので収録が短かったのかも?  となると1980年代の初来日で出演したNHKの『レッツーゴー・ヤング』は相当長いあいだ楽屋で待たされてようなので、嫌だっただろう(笑) 「DEE DEEが逃げないように見張っていました」(当時のディレクター諸星さん談)

 

 

 

#3  THE OLD GREY WHISTLE TEST1980 (イギリスの番組)

ライブをある程度の曲演奏できる番組についてのブーイングは聞いたことがないかも(=好きだった)要するに、ちゃんとラモーンズを受け入れてくれる番組のことは楽しそうに話していました。つまらない質問、バンドのことをまったく理解していない司会者の番組や取材は全部嫌いだったようです。因みに日本の取材は結構楽しそうに喋っていたのは「バンドに対して礼儀正しいし、理解しているから」です。

 

 

 

#4   UNCLE FLOYED SHOW (NYとNJを中心に放送された地元密着型ケーブル・テレビ)

これは確か商品に収録されていたと思うけど、どれだったか忘れてしまったので(すみません)誰かわかったら教えてください。コメディ番組でフロイドおじさんが時々演奏の邪魔をしてくるんだけど、メンバー全員「地元のテレビ」という意識で接していてとても楽しそうでした。ジョニーはこの番組のTシャツもよく着ていました。

 

 

 

 

 

モズライトで弾くパンク、ダウンストローク、マッシュルームカット、JOHNNY RAMONE's スタイルは永遠普遍 ! !

JOHNNY Forever 2020.   yuki /RFCJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロック映画祭り【Underdogs】からラモーンズは『END OF THE CENTURY』が公開。公開当時この映画は衝撃しか残さなかった

 

 

 

 

東京と大阪のシネマートで開催されるアンダーグラウンド・ロック映画の祭典【Underdogs】が、東京は9月11日(金)から新宿シネマートで初日を迎える。ラモーンズは2004年に公開した『END OF THE CENTURY』が本当に久しぶりに劇場公開されます。この作品ですらもう16年前のものだという事実に驚くが。ラモーンズ・ファンで、この映画は見ていない人はいないと思うけど、今日

は公開当時の様子について書きたいと思います。。。。

 

 

2004年の秋に公開したこの作品。実は試写会が行なわれた初日が、日本時間の9月16日、アメリカ時間でジョニーの亡くなった日でした。渋谷の試写会場での上映が終わり外に出ると、配給会社のスタッフがざわついていて「ジョニー・ラモーンが亡くなった」というニュースとこの作品の内容で、なんとも異様なムードになったことを今も思い出します。見た人達は(心境的に)、まっすぐに自宅に帰れず、一杯飲んでこの映画の実話と遂にジョニーも亡くなってしまったのか「次々にメンバーが亡くなっていくラモーンズ、一体どうなっているんだ!?」という事実に打ちひしがれた...そんな夜でした。

 

 

2004年は、まだ誰も「K.K.Kがジョニーがジョーイの彼女を奪ったから出来た曲」だなんて知らなかったし、ラモーンズのメンバー間の関係がそんなことになっていたことも、本当に誰も知らなかったのです。だから試写室の椅子から立ち上がれない、とか、顔面蒼白なパンクスが黙って出て行く...(と書いても信じられないかもしれないが)、ロックの映画を見たあとなのに重苦しい感じでした。深夜にヒステリックグラマーの北村さんから電話があって「俺、何も知らなかったんだ...」という言葉から会話が始まったことも覚えています。それは本当に誰も知らなかったから、それだけ、衝撃的な事実をこの映画によってみんなが知ることになったということ。HEY HO LETS GO! と楽しく聴いてたラモーンズは、スキャンダルと無縁だろうと思っていた。...というバンドの姿が公開された日でした。

 

 

その後、この映画は口コミでどんどん広がり、音楽映画の中でも大ヒットを記録します。文春の映画コーナーでおすぎさんが高得点をつけたほど、人間ドラマとしての評価も高くラモーンズのことを名前くらいしか知らないロック・ファンも劇場に足を運んでました。この映画の影響力は本当に大きかった。そしてジョニーが亡くなったと同時にヒールとして扱われるようになった時でもありました。私はこの映画が公開された後、ヒール、ジョニー・ラモーンの汚名をはらしたく『I Love RAMONES』を書き始めます。。。。

 

 

この映画にまつわる話は、まだまだ書けるが今日はここまでにしておきます。w 当時、この映画のプログラムは、ラモーンズ・ファンクラブ・ジャパンが作りました。LP型プログラム。

 

 

 

LP型なので帯までつけて、70年代風に仕上げました。各ページのタイトルもすべてラモーンズの曲から取ってつけたこりっぷり(笑) 私と仕事をしたデザイナーのネモト君の渾身のGOOD JOBのおかげで、こんなカッコいいプログラムが完成したわけです。持っている人も多いと思うけど、我が家の押し入れに(ビニール袋ロゴ付き無しなら)少しあるので会員にわけてもいいが...メールください。

 

 

 

 

このLP型プログラムを持って変える袋までロゴ入りにした↓

 

 

FCの入会記念時に、同封している映画のハガキはこの時に作ったもの。物持ちいいな。w そして先週オンライン・セッションで特集したお宝に登場したTシャツの話もありましたが、この時もいろんなコラボTシャツが作られたので、またメルカリに出るかもね。

 

 

【Underdogs】は他にもアンダーグラウンドだが、かゆいところに手が届くラインナップが並んでます。私は全部見ているけど、こんなに一挙にインディーズの核を見られる映画祭りなんて、日本じゃなきゃないと思う。配給会社やキングレコード映像部、シネマートさんに感謝です。作品名とタイムテーブルもHPに出ているので、でかいスクリーンで是非、極上ハードコアな作品を楽しんでください。  YUKI / RFCJ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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オンライン・セッション・レポ ! ラモーンズ・ファンの「お宝」公開

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今年はコロナで夏フェスも中止になってしまったけど、CJが出演したフジロックの思い出を「お宝」にあげてくれたのが堀内君。彼は新宿にあった海賊ビデオAIRSの元店員でもあり、最初に自宅のラモーンズ・ルーム(?)から、当時お店に飾ってあったサインを中継で見せてくれて、これはちょっと楽しかったです。ありがとう〜。

 

 

 

そんな彼にとっての「お宝」は、CJが初のフジロック、しかも一番大きいグリーン・ステージに立つ、そして会長もピンヘッドで登場する予定なら盛り上げないと、、、というわけで自宅からGABBA GABBA HEYの看板を100枚コピーして苗場に到着しステージ前のファンに配ったそれが「お宝」グリーン・ステージは大きいからパンクスは集まるのか少し心配だったという堀内君の心配をよそに当日の様子はこちら。

 

 

 

 

自作看板を持参の人もたくさんいたけれど、この看板はまるで1977年の『IT’S ALIVE』の大晦日@ロンドン・レインボーシアターのような景色になりました。あの時もミニ看板が配布されたんだよね。これが彼の思い出です。

 

 

そしてこのコピーのミニ看板は新潟でロックバーを営業している会員のRYUJI君のお宝につながります。(※2人は面識はありません)   

 

 

まずRYUJI君のお宝は、DEE DEEがソロで初来日した時に原宿にあったライブハウス、アストロホールでゲットしたサイン。しかもサインは当日着ていた友達のバンドTシャツと交換してそこに書いてもらったというワン・アンド・オンリーな一枚を見せてくれました。これはレア。

 

 

 

更にもうひとつのお宝が、CJがフジロックで苗場に来た時に会場でもらったコピーのGABBA GABBA HEY看板とそこにサインしてもらった時のこの手作りミニ看板も見せてくれました。こっちの看板は苗場の泥がつき、破れてるけどサイン付き。そして製作者の堀内君が持つ為に張りつけた割り箸もしっかり裏側にまだ残ってる。製作者とそれを受け取った人が2013年から7年経って繋がり、手作り看板は、新潟のロックバーにあったというストーリー。オンラインなので、ひとりひとりの部屋からなのに、苗場で必要だった大事なものの価値は同じだ。100枚のコピー看板を作った堀内君に熱意も伝わってきました。

 

 

ボロボロがかっこいい!

 

 

一時間と決めているオンライン・セッションはこんな感じでそれぞれのストーリーが次々と展開されてとても興味深い。

 

 

水澤君の「お宝」はTシャツ2枚。なかなか手に入らないリッチーの名前入りのロゴTシャツ。これは原宿のTシャツ屋さんでゲットしたそうです。これが出回っているのが当時ですね。そしてこのリッチー名入りTシャツを着て1990年の来日公演にチッタへ。『BRAIN DRAIN』のツアーだったから、「人気なさそうなジャケットだなあ」と思ったけどツアーTシャツだし、とこれも買ったとのこと。でもこのTシャツを着ると、当時小学生の弟に「兄ちゃんが呪いのTシャツを着ている…」と怖がられてしまったらしい(笑) 30年前のTシャツ。それだけでもう呪いの価値は上がったよ。凄い。 

そしてこの呪いTシャツ(笑)の裏を見て今思い出した。これツアー・デートのプリント、すごく小さいデザインなんだよね。90年代のロックTシャツの裏にプリントされた日程は、たいていどかんと大きかったけど、これはそうゆうデザインだった。このTシャツをスタッフから受け取ったジョニーが楽屋でぼそっと「小さっ...」って言ってたっけ(笑) 30年以上ぶりに思い出しましたよ〜!

 

 

 

 

と、こんな感じで「お宝」ストーリーがどれもこれもそれぞれの思い出があって聞いてて飽きなかった。通信トラブルで音が聞こえなくて見せてもらったROBY君のお宝はプレジョン・ベース(だよね?)。これを見せてくれた時に食い入るようにみていた人が何人か居たので、またいつか見せてもらいたい。

 

 

そしてもう1人 通信トラブルで見えなかったYUCKEY89君のお宝はFacebookのRFCJのお宝コーナーで見れるのでここでチェックしてください。

 

 

 

 

 

途中から滑り込み参加してくれた中山さんは天井に貼った激情のポスターが「お宝」画面に写してくれたけど、大きすぎて入らず。でもおそらく畳一枚分くらいはあるのかな? 

 

 

 

 

 

最後にクロスビート大谷元編集長の「お宝」もやはりフジロックから。仕事で第一回目のフジロックから参戦しているフジロックは、ラモーンズが引退した翌年からスタートしたフェス。だからそのラモーンズのメンバーが遂に苗場のステージに立つことが出来て嬉しかったという記念に苗場のステージ裏で撮った一枚を帰宅してプリントして、CJが帰国する前にサインをもらったという一枚の写真でした。そして数少ない「サインをもらえるチャンス」がRFCJのメンバーにはあるはずなので、「最後の来日ではサインを良いシチュエーションでもらおう」というメッセージもいただきました。ラスト・チャンス・トゥ・サインです。

 

 

 

 

 

時間がきちゃって、全員のお宝を見せて、聞かせて、見せてもらうことが出来なかくてごめんなさい。そして国内のあちこちから、ロンドンからToshi君、いつもサポートありがとう。や、ブラジルから来日して「言葉がわからないけどファンクラブに入りたいコレクター君」もありがとう。

 

 

最後に私のお宝は2つ用意したけれど、タイムアップひとつだけ公開。これは当時、映画館から「いただいて」きた壁に貼ってあった「ペット・セメタリーのポスター」でした。1980年代の映画館はまだシネコンじゃなく映画館。入り口の係に言えば、最終日はポスターをもらえる時も多々あったので「いただいて」きました。どうせ剥がしてすてるんでしょってことで(笑) もうひとつのお宝は100均で買った「じゆうちょう」。これはまたいつか公開したいと思います。中の価値はかなりヤバいです。w  

 

YUKI / RFCJ  

 

 

 

 

PS. Toshi君から「お宝あった」と届いたスニーカー写真もおまけ「Product (RED)というエイズ撲滅のチャリティー団体でConverseとRamonesがコラボした時のもの」Thank you Toshi-kun. 

 

 

 

 

 

 

 

オンライン・セッション・レポ ! ラモーンズ・ファンの「お宝」公開

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8月29日(土)の夜に3回目のZOOMオンライン・セッションを開催しました。

お宝を用意して公開してくれた皆様、ありがとうございました。

 

 

このお宝をめぐってファン同士が繋がったり、言葉に影響されたり、「そんなことがあったのか?」と驚いたり、いろんなことが起きて、なかなかスリリングな夜でした。みんなのお宝が素敵すぎて会長冥利につきるというか、、、(話が面白くて) 自分で言ってちゃしょうがないが、全てのお宝ストーリーが新鮮だったのは、それぞれが物にまつわる思い入れが違うからですね。

 

 

今日のニュース&ブログではそれらを全部紹介します。

 

 

まず最初は彼女の疑問から。ラモーンズ・ファン歴1年の会員、長島さんがメルカリで購入したTシャツ。「何かの抽選で当たったもので、何のTシャツかわからないけど1700円で買えたもの。本当にそんな抽選があったのかな?」という疑問とそのメルカリでゲットしたTシャツがお宝でした。

 

 

 

気になって調べました。他の会員さんからも「最後の作品『アディオス・アミーゴス』の当時のおまけじゃないでしょうか?」という意見もありました。ラモーンズの現役時代がもう25年前のことだから、メルカリでゲットはどんどん当たり前になると思うし、彼女の疑問も納得です。

 

 

で、膨大な資料から25年前のレコード会社の資料を探しているんだけど、まだ見つかりません。なので他のもので説明すると、当時はこうしたTシャツ・プレゼントみたいなのがたくさん企画されていました。レコード会社もいろんな企画が作れる余裕があった良い時代。「来日時にメンバーに会える」というの企画もあったからね。当時の東芝EMIレコードの担当者Nくんがラモーンズ・ファンだったというのも大きいけれど、ファン・クラブと組んでいろんなことが出来た。オンライン・セッションの中で話した「ラモーンズの枕カバーまで作ってくれた」のもそんな経緯からです。これはまたわかったらここで書きます。

 

現役当時と解散後もいろんな企画やプレゼントがありました⇧

 

 

 

次は90年代からラモーンズ・ファン・クラブの会員のゆりさんのお宝は、なんと「会長からの指令メモ」(笑) 25年前に送った私からの指令メモが残されていました。す、凄い。ラモーンズのヨーロッパ・ツアーを見に行く」と決めたゆりちゃんに「ツアー・レポートを書いてほしい」とお願い(というか命令?)した時のメモです。つまり、そうでもしないとラモーンズの情報はどこにもなく、得られなかったという当時をあらわしているメモと言えるかも。

 

手書き・イズ・アティチュード!

 

 

ゆりさんのおかげで当時の会報にはヨーロッパの様子が伝わりました。そしてこのメモがまた当時を物語っていて、これはミニレターという簡易封書(メッセージも書いて送れる切って付き封書)の右端です。会報以外にニュースレターというのを発送していて、その切手代を浮かそうと、このミニレターを封筒にしてコピーしたニュースを追っていれたのです。確かこれで切手代は20円くらい安くなったはず。法人じゃないので、こうやって工夫して情報を会員に届けていたということ。あの頃のファンクラブのスタッフに今は想像もつかない便利な時代です。でも、スタッフ数人が我が家に集合し、ラモーンズを聴きながら、切手を貼ったり、コピー取りに行ったりの作業も楽しかった。あれはあれで良い時代でした。

 

 

これを封筒にしていた。右は不要なのでカットしてメモにしてた↓

 

 

当時ネタはまた続きます。今回、みんな持ち込んだ種類が違っていたのも面白かった。都内在住のユウゴ君はチケットを用意。「現役時代を見ることができなかったので、ソロ公演は全部見に行った」という熱心さとラモーンズを見てみたかった、という気持ちがこのチケットの数からから伝わります。DEEDEEのソロ、PUNKSPRING、マーキー・ラモーン&ザ・スピード・キングス、リッチー初来日、CJ公演などをずらりと並べてあり保管状態も素晴らしく大事にしている。

 

 

ラモーンズ解散後のそれぞれのソロ来日の価値をこうしたファンから私自身も教えてもらうことになっている。そしてやはり紙のチケットはいいなと感じるのは昭和だからかね?   QRコードも便利でいいけど、この一枚の紙を手にして待つ、その渇望感やワクワクする時間。そしてコンサートに行き、終わってからの思い出もこの紙にはずしっと吸い込まれている。この価値はQRコードにはない。次のラスト・ライヴ(があるものと信じきっている)CJの来日公演も紙の記念チケットを作りたいですね。ずっと記念に残るようなのを。

 

チケットから当時存在したプロモーターもわかる。

 

 

 

まだまだ続く(笑)ので、ニュース&ブログ(前半)の最後は、今回もランチ・タイムのロンドンから参加してくれたミュージシャン、HEY! HELLO!やTHE PROFESHIONALSでベースを弾くToshiクンのお宝で締めたいと思います。Toshiクンは「手元にお宝と言えるモノがないから…と前置きし、DEEDEEの言葉にする」とこんなセリフを用意してきてくれました。

 

 

“ I thank myself. pat myself on the back. i love you dee dee ” 

<自分自身に感謝しているよ。自分の背中をなでてあげたい。アイ・ラヴ・ユー、ディー・ディー>

 

 

これは2002年にHALL OF FAMEの授与式で述べた祝辞。ドキュメンタリー映画にも残っていますね。最後にDEE DEEが長い廊下を歩いていくシーンのあの会場で発言。Toshi君はこの言葉を聞いて「彼こそがPUNK!、と思い知らされたからこれが宝」と紹介してくれました。ラモーンズのソング・ライターでありラモーンズのために貢献してきたディー・ディーの発言。これは解説は書かずに、ファンがそれぞれが感じてくれればいいなと思います。私がここで書くとしたら、このセリフはDEE DEEしか言えない。そこかな。

 

 

 

 

この日のオンライン・セッションが終わった後も「あれから友だちとDEE DEEの言葉について話してる」というメッセージが届いたり、響いたようです。これを自分の「お宝」にしたToshiクン自身、自分の志でロンドンいて、ミュージシャンでありながらラモーンズのスピリットを継承しリスペクトして。PUNKだなと私は感じてました。だからToshiクンからこの発言はとても説得力がありました。

 

 

RFCJのオンライン・セッションは、こんな感じで熱心なファン同士のやりとりが続きます。

後半も引き続きすぐに書くのでお待ちください。

YUKI / RFCJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜の夜はZOOMでラモーンズ ! ! ウォルター・ルーとの関係

 

 

 

本日、会員にのみなさまにはDMしましたが、今週末の29日(土)21時からオンライン・セッションを久しぶりに開催します ! !  今回のテーマは「お宝」。今RFCJのFacebookでもお宝を紹介しているんだけど、「自分にとっての」宝物なので、CD、LP、Tシャツ、フライヤー、バッジ、本、ポスターからブートレグ、なんでもいいよー。見せて欲しいけど、見せたく無かったら「持っている…」とひとことだけ言ってもらおうかな(笑) 最初に買ったベスト盤とか、その人にとってのお宝をトピックにオンライン・セッションしたいと思います。

 

 

今回もZOOMのプロにサポートしてもらいながら、アンケートやクイズもやってみようかなと考えてるところ。1回目のテーマ : 「一番好きなアルバム」と2回目のテーマ :「ジョーイといえばこの1曲」もかなり盛り上がったので、私も司会だけじゃなく遊びたい。のでトークに長けた人などもゲストに呼んでやってみようかと思ってます。でも毎回ミュージシャンや元DOLLとCROSSBEAT編集長も参加してくれているので、なかなかレアなネタが聞けてるRFCJのZOOM会だけど、今回もあちこちに声かけます。ドリンク、ビールを用意して、パソコンやスマホの前にじっとしてなくていいので、だらだらと参加してみてね。

 

 

 

↓RAMONESのビールはないかとググったらこの怪しいブート・ビールがヒット。ネーミングはいいね。MOTORHEADやDecendentsは公式でいろいろ出てて羨ましい...とかいていたらマーキーありました。さすが。w

   

 

 

喋るの苦手な人は「覗き見希望」でマイクをオフにして見るだけ参加もOK。ZOOMの使い方がわからないなどの質問は直接RFCJ「質問」までメッセージしてください。参加はPWを入れてログインするだけでとっても簡単。質問は、ramonesfcj@yahoo.co.jp  までメールか、RFCJのツイッターにメッセージを送ってくれてもOKです。

 

 

ちなみに ! !   テーマはいろいろあって…

 

・『RAMONES MANIAにもう1曲入れるとしたらどの曲?』とか、

・アルバム1枚を選んでジャケから曲まで語りつくす『やっぱりこのアルバムが一番』とか、

・『ラモーンズのビジュアル徹底検証』革ジャンからメンバーの着ていたTシャツまであれこれ語る、ダメだしする、探す、着てみる?!  とか、

・『かっこいいカバーとダサいカバー』をいじるとか、

・『ラモーンズ愛のあるバンド」について。例えばジャイガンターやマンジーズみたいなラモーンズにもろ影響を受けたバンドや曲をリサーチしあうとか、

・『ラモーンズDNAを継承しているバンド』や『ラモーンズをカバーしているバンド』『ラモーンズがカバーしているバンド』の曲特集とか、、、、まだまだ続きます。

 

 

 

こんな感じで、いろいろあるけど、どんなテーマが聞きたいのかも、土曜日のアンケートで聞いてみようと思ってます。あまりハード・コア寄りにならないライトなテーマでビギナーから強者まで(笑)、みんなでGABBA GABBA HEYな土曜の夜のお楽しみタイムを作りたいな、と。よろしくお願いします。

 

 

 

 

もうひとつニュースを。

JOHNNY THUNDERS& THE HEART BREALERSのWalter Lureの訃報が週末に届きましたが、彼がラモーンズのアルバム「Subterranean Jungle (1983)」「 Too Tough To Die (1984)」「Animal Boy (1986)」ギターを弾いていたことが、あとに明かされています。

 

 

フィル・スペクターとのレコーディングで、もうレコーディングにうんざりしたジョニーがこれ以降のアルバムの制作でその中の何曲かはギターを弾いていないことを、本人もあっさり認めているけど、そこと関係がある気はします。ジョニーの代わりにギターを弾いていたのはプロデューサーで、その後CJバンドでもギタリストとして来日するダニエル・レイ。

 

 

 

ここからはあくまでも私の憶測で書きますが、、、ダニエル・レイよりもウォルター・ルーの音の方がよりラモーンズに合っているって事になったのかな?  というのは何度も書くけど、あくまでも私の推測です。その後、「サポート・ギターのクレジットではなくTHANKS LISTでのクレジットにウォルターが怒った」という記録もあるけれど、この3枚のアルバムには全てTHANKS LISTにWalterLureの名前は記載されている。

 

 

1枚で辞めなかったのは「次はきちんとクレジットする」と言われたのだろうか…何故だろう?  プロデューサーのエド・スタジアムに質問してみようかな? 「Street Fighting Man」でVocalを取っている音源もyou tubeに上がっているので、このころの関係は悪く無かったのかな?  と考えてみたり…真相は謎です。時代を築きオンタイムで音を聴いてきたミュージシャンが逝ってしまうのは仕方ないけど残念です。R.I.P. 

 

 

YUKI /RFCJ 

 

PS.関東限定ニュースで申し訳ないけれど、ラモーンズのライヴのSEでもおなじみの『続・夕陽のガンマン』がテレビでオンエアされます。詳細はこちらで

 

 

 

 

 

米国時間の今日はCBGBでラモーンズが初めてプレイした日 !

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まずはこのニュースから! ! 

 

お待たせしました。RFCJプレゼンツ【オンライン・セッション by ZOOM Vol.3】を開催します。日時は8月29日(土) 21時から。内容は…今回は趣向を変えて、私も参加者する(?!) トーク・セッション。喋りたい人が喋ればいいか〜的なゆるい感じでやろうかと(笑) 今回のお題は今2つあって絞りこんでいるので、ちょっと待っててください。大至急まとめてアンウンスしますね〜。8月29日(土)の夜のスケジュール空けておいてください。

 

 

 

 

アメリカ時間の本日、1974年8月16日はラモーンズがCBGBで初めて演奏した日。その時の動画は残ってないけど、それから1ヶ月後の演奏は記録として残ってますね。ジョーイはくねくね、ジョニーはレオパード柄の革ジャンを素肌に着ているという今となってはスーパー・レアな映像ですね。ジョーイのくねくね踊りは間違いなくニューヨークドールズの影響じゃないかなぁ。みんなドールズが大好きな頃だから。

 

 

 

『ラモーンズ・マニア』の英語の解説には最初のギグは6人と犬一匹と書いてあるけど、ジョーイの言葉には「バーテンダーとそいつの犬とザ・コケッツのメンバーが2人いた」らしいということで3人と犬一匹だ(笑)。

 

 

ジョニーは「1975年の1月頃には何とかサウンドもビジュアルも出来上がってきたんだけど、イメージが悪くなったから、ディー・ディーはピックで演奏する」と決めたそう。「ジョーイはマイク・スタンドを握ってじっと立っていること」をトミーと大改革して改善したというのはレッグス・マクニールの書籍『プリーズ・キル・ミー』にも書かれています。こうやって最初のギグから半年であれこれ改造され出来上がっていくラモーンズ。何ごとにも「最初」はあるのだ。8月16日はラモーンズ・ファンは「初心忘るべからず」な日としようかな。

 

 

因みに、私が写真を撮る勉強のために通っていた1991年頃のCBGBと1974年の動画はまったく変化なし。CBGBの中はこんな感じで、バワリーの外がどんどん綺麗な街に変わっていったんですね。とはいえ1991年でもまだ道に注射針がおちていたり、隣がホームレスのシェルターだったので、ジャンキーが寝ていたりしました。その風景が当たり前すぎてあまり違和感はなかったかな。何しろ、1991年にコートニー・ラブのギグを見に行った時は彼女、CBGBの入り口でワンピースで道に寝ていて失禁してました。ヘロインのやりすぎで。気を失った状態。。。という風景がざらでした。1991年のCBGBの隣もまだ空き地とゴミだらけで、廃れてました。『THANK YOU RAMONES』のカバーをめくると冬のCBGBの写真が見れるのは知ってるよね?

 

 

最後に。そんなラモーンズのファースト・アルバムに収録の超代表曲がまたCMに使われました。しかも仮想通貨のCMという…1974年にこの曲を演奏していた時代から四半世紀近く経った2020年には仮想通貨投資ファンドのCMに起用されるなんて、誰も想像できなかっただろう。情報提供は会員のユウゴ君、ありがとうございます。

 

 

猛暑続きで疲労もたまってくる頃だけど、みなさまくれぐれもお身体に気をつけて過ごしてください。

 

YUKI / RFCJ

 

 

 

 

 

 

 

『ラモ・フェス』から映画『ランブル』リッチーの誕生日

 

 

 

 

 

先週のニュースでもアナウンスしたRFCJの会員のタムラユメさんがスタートしたカルチャー・ウェブ・マガジン『Dom’t Look〜?』では、8月8日から15日まで【ラモーンズ・フェスティバル】と題してウェブ上でラモーンズにまつわる人のインタビューや記事がリレー連載中です ! ! 

 

スタートは会長に聞くラモーンズ・ファンクラブ・ジャパンを作る経緯や、タムラユメさんが『I Love Ramones』や『Thank you Ramones』を読んで聞きたかった質問に答えるインタビュー。20代の時「リフ・ランデルに負けてられない」と部屋中ポスターだらけの写真やジョニーから送られてきたポスターを提供しているので、是非チェックしてみてね〜。w  

 

 

そして後半では、このRFCJを作らせた超本人、もしジョニー・ラモーンが2020年の活動を知っていたらどう思っているか?  を私が答えています。もちろん妄想だけど、でもバンドが終わってからも「ファンクラブ、やめるのか?」と言っていた人だから、、、、という憶測で答えました。チェックしてね。ジョニーが作らせたファンクラブ〜20代の会員のタムラユメさんがスタートしたウェブ・マガジン〜とバンドが終わって20年以上経つのに、ラモーンズが聴き継がれていくこの繋がり。ブログにも書いたけど嬉しいね。ウェブだけじゃなく、バンドだったり、お店だったり、いろんな形でラモーンズが聞き、歌い、語り継がれている日本の状況は最高だな。

 

 

8月11日はリッチー・ラモーンの誕生日(63)。HAPPY BIRTHDAY RICHIE!!    ラモーンズ時代に来日していないリッチーのライブをソロで日本と聖地巡礼ツアーの時の2016年にLAで見れていたこと自体ラッキーだった。自分のバンドで来日した時に新宿の歌舞伎町でGo ProでPV撮影しました。その時の撮影の様子はPV『I Fix This』にも残っているのでチェックしてみてね。

 

 

 

 

その時にリッチーと初めてちゃんと話したけど、自分のバンドのプロデュースを自分でやる人なんだというのは、ネットではわからなかった点。もちろんメンバーが自分より若いというのもあると思うけど、歌舞伎町のロケーションも歩きながら「ここにしよう」と決めたり、ああして、こうして、とセルフ・プロデュースもしていました。日本にも再来日したいというリクエストもしょっちゅうある(連絡が来る)んだけど、これからどうなるかな。CJと一緒にという話もあったりします。まずは世の中が普通に戻るのを待ちましょう。

 

 

 

 

最後は先週末に(8/8)に公開が始まった映画『RUMBLE』を再度ご紹介。50年代のアメリカでインストなのに放送禁止にされるほど弾圧をうけたネイディブ・インディアンのロック。その知らざれる歴史が多くのミュージシャンによって語られている貴重な映画。アメリカのバンドに多大な影響を与えたとされるルーツ・ミュージックの記録。この映画にマーキー・ラモーンもコメントを残しています。マーキーのコメントを聞くと、ラモーンズ加入前に在籍していたDUSTの音と繋がる気がします。私もアメリカでもネイティブ・インディアンの居住区ナバホをドライブするのが好きなのに、このロックのルーツをあまり知りませんでした。ロックはもちろん、ブルースやジャズにまで影響を及ぼしたとされるネイティヴ・インディアンのミュージシャンのお話。是非チェックしてみて ! ! いろいろと規制だらけの夏休みだけど、みなさま気をつけて楽しく過ごしましょ!   

 

YUKI / RFCJ

 

 

リッチーの呼びかけ、ラモーンズをフューチャーしたウェブの紹介、です

 

 

 

 

 

今日はリッチー・ラモーンのニュースから。今大きな問題となっているカリフォルニアのホームレスに関して「ここ10年で最も悪い状況」であることを自身のHPで寄付を呼びかけています。レッド・ホット・チリペッパーズのフリーもホームレスに食事を配給する場所でサポートをしていることがニュースになっていましたが、コロナ禍の間にこの問題が深刻化している様子が伝わってきます。寄付はリッチーのHPでチェックしてください。

 

 

先週、CJの近況をニュースにしたけど、日本語の(この)ニュース、チェックしているのかも?  「今はSNSもストップしている」と本人が言ってたので「日本のファンはそれを気にかけている」と返答したんたけど、、、おとといあたりから魚釣りの様子がアップされていました(笑)。たまには近況報告してくれた方がファンは嬉しいよね。

 

 

1978年の本日、8月3日、ラモーンズはNYのお隣、ニュージャージーのアズベリー・パークでパティ・スミスとライヴをしてます。当時のラモーンズとパティ・スミスとの共演は、どんなムードだったんだろうか?  ニューヨーク出身だけではくくれないはずだけど、その後パティ・スミスとはツアーはしていません。そのかわりトーキング・ヘッズやトムトム・クラブとはエスケープ・フロム・ニューヨーク・ツアーでアメリカを一緒にツアーしています⇦「このツアーは楽しかった」と言ってました。

 

ここでラモーンズを見る♡

 

 

そのアズベリー・パークは公園ではなく街の名前。このアズベリー・パークにあるホテルの屋上で明後日7月5日に屋上映画鑑賞が開かれるそう。上映作品はラモーンズの『END OF THE CENTURY』とジョーン・ジェットの『BAD REPUTATION』。オーナーがロック・ファンなんだろうか?  これはいいアイデア! 楽しそう。日本でもどこかでできないかな? 楽しい企画を考えたいです。 

 

 

 

最後に今週8月8日と9日にラモーンズを取り上げたDIYカルチャー・マガジン『Don’t Look?』で私のインタビューが掲載されます。このサイトはラモーンズ・ファン・クラブのメンバーでもあるタムラユメさんが作ったカルチャー・マガジン・サイト。音楽のこともどっさり掲載。彼女が好きな音楽などを形にしたかっこいいサイトです。ラモーズの書籍を読み、ラモーンズについて彼女の視点で私にインタビューしてくれました。『THANKYOU RAMONES』や『I LOVE RAMONES』に掲載していない写真も提供しています。SNSでもまたおしらせしますが、是非チェックしてください。お楽しみに!  

 

 

YUKI

 

 

 

 

 

 

CJの近況、今夜のラジオ、ジョーイの弟のミッキーのことー!

 

 

 

7月最終週の月曜日のニュースがバタバタしていて水曜日になってしまった。ごめんなさい。ライターの友達に「書き留めとけ」と言われるんだけど、あらかじめ準備しておくんじゃなくてその時の勢いで書きたいでこうなっている(反省)。

 

 

まずは今夜 ! !

 

 

FM横浜の番組「HayatoのWatch Out! Radio」にトークで出演します。

横浜の名所を紹介する番組でついにクラヴチッタ前のROCKウォールが名所の仲間入りです! 

 

Fm yokohama 84.7EK radioHayatoのWatch Out! Radio の中の「KENSHIN(ONE N’ ONLY (https://one-n-only.jp )のヨコハマップ」というコーナーです。7/29(水)23時45分から50分まで。ですがラジコでも聞けると思うのでチェックしてみてね。

 

 

『レコードコレクターズ』最新号(2020年8月号)の「I LOVE ROCK’N ROLL」特集にラモーンズも取りあげられています。企画が面白そうなので私もこれからチェックしてみます。勝手に思うのは、みんなある程度は、いろんなロケンロール聴いてきたと思うんですよ。だからこうゆう企画もまず最初に「ロックンロールをどのくらい聴いてきましたか?」  みたいなアンケートからはじまって「○ページに飛ぶ」というジャンルや嗜好で行き着くおすすめロケンロール・バンドがわかるページ構成みたいなのでも良いかなと思ったりします。30年以上聴いている身としては、(これはもう聴いたよ)みたいなのもたくさんあるので。でも記事を読めば、新鮮な切り口で聞けたりするかな?  チェックしてみてください。記事の中にはジョーイのバースデー・バッシュの写真も掲載されているそうです。

 

 

 

 

そのバースディ・バッシュを主催しているジョーイの弟、ミッキーのことを少し。彼も、既に60歳オーバーだと思うけど、今スリー・ピースのポップ・パンク・バンドをやっています。最近SNSにアップしていた曲がポップでカッコイイのでチェックしてみてください。オリジナルはピーター、ポール&マリー。こっちも良いので聴いてみてね。アレンジは完全にラモーンズなポップ・バージョン。そして撮影場所は兄もここでPV撮ってたねのフォレストヒルズ。彼はクイーンズを離れないし音楽を続けていることもあり、今、コンタクトを取っいて、将来、聖地巡礼ツアーが可能となったら、フォレストヒルズのRAMONESWAYの前かセブンイレブンかバーカーギングで会いたいなと勝手に思い描いています。現実は遠いかもしれないけど、計画は立てるのは自由だから。この動画は日本人が撮影しているようです。 

 

 

 

最後にCJの近況をお伝えします。父親をサンフランシスコに呼び同居をスタートしたCJ。「彼(お父さん)は日常のペースがゆっくりだから、毎日ゆっくりした時間が流れているよ」とのことで、ステイ・ホームもリラックスして過ごしている様子です。前から言っていた船の操縦免許を取るために勉強もしていて、取れたら大きいボートを一隻所有するのが夢。(日本まで船できたりして!?  w ) いずれにしても、そんな環境の変化もあり、引退宣言をしてからはSNSも止めて家族との生活を満喫している様子です。ファンからすると少し寂しい気もするけれど、私個人は年齢も近いし、コロナでみんな今やれることを、やっておかなければならないことを優先するのも理解できるかな。

 

 

でも最後の来日公演はちゃんと生きていますので。まだまだコロナと共存していく中でどうなっていくかは誰にも分からないけど、CJ自身もラスト・ランは頭にあります。コロナ早く収束してくれ〜。みなさま、雨の日も続いているようなので、引き続き震災、コロナ、気をつけて。そしてSTAY POSITIVEでいきましょう。またね。

 

 

YUKI ? RFCJ