ラモーンズが契約書を交わしたアートゥロ・ベガのロフト、遂に売却

 

 

 

 

Dee Deeの名曲『チャイニーズ・ロックス』の歌詞にも登場する、イーグル・ロゴ・デザイナー、アートゥロ・ベガのロフト(Arty’s HOME)が遂に売りに出されました。ラモーンズが『ラモーンズの激情』の契約書にサインした場所でもあり、CBGBから徒歩30秒。今も目の前にはJOEY RAMONE PLACEがある場所。つまりここが70年代のラモーンズにとって拠点だったと言っても過言ではない場所です。

 

 

不動産の掲載写真

 

 

同じ車に見える↓<聖地巡礼ツアー時 2016年>

 

 

 

CBGBもファッション・デザイナー、ジョン・バルベイトスが、CBGBの面影を残したままショップをオープンさせているので、ラモーンズのを理解している人が購入してくれればいいが。お金持ちのラモーンズ・ファンが買ってくれないかな、7億8千万円だけど。不動産の説明にはラモーンズと「5人目のラモーン、アートゥロ・ベガ」と記載しています。

 

 

現在、CBGB跡地にあるJOHN VARVATOSの店内

 

 

映画『END OF THE CENTURY』でDEE DEEが「クイーンズからマンハッタンに向かう道のりは遠かった」と語っているけど、地下鉄に乗って、クイーンズまで帰らなければならなかった70年代のラモーンズにとって、アートゥロのロフトはまさにHOMEだったと思います。アートゥロが生前「ここをラモーンズ・ミュージアムにするのが夢」と語っていた意志はベルリンのラモーンズ・ミュージアムに受け継がれたとはいえ実現しなかったことは残念。

 

 

彼が生きている頃は、NYへ行くと私もここに泊まらせてもらい、ベガも東京に来ると我が家に泊まっていました。ベガはラモーンズとツアーに出るから、家をあけることが多かったので、ルーム・メイトに1部屋レンタルしていて、ルーム・メイトがツアー中のロフトを守っていたけど、家主が不在になってからはNYの家賃も跳ね上がり(特にあの辺はハイ・ファッションの店が並ぶエリアになってしまったまで)、誰も住めなくなり、維持も出来なくなりました。

 

 

 

ここからジョーイのアパートも近いので、よくふたりで朝の(ブルーベリー)パンケーキなどを食べに出かけていたと聞きました。ラモーンズが活動を止めてファン・クラブをスタートした話は『Thank you RAMONES』にも書いた通り、ラモーンズに関連する権利とビジネスに攻撃されるまで、あのロフトでTシャツやファンクラブの会員宛のグッズを楽しそうに封筒につめて、大きなカゴに乗せて郵便局まで毎日通っていてそれが、引退後のラモーンズに関する彼の仕事でした。

 

 

グラフィック・デザイナーだからか、部屋はきちんと整理されていて販売用のTシャツの棚までDIYで作りロフトはラモーンズ・ファン・クラブの拠点でした。デスク上にあったパソコンの中には見たことのないラモーンズの写真がどっさりあったけど、あの写真はベガと共に消えてしまった。それとも誰かが持っているのだろうか?  

 

 

2016年に、ファンクラブの会員を連れてNYとLAを聖地巡礼ツアーをした時にもここを訪問。ドアにはラモーンズやバンドのステッカーがたくさん貼られていてパンクなたたずまいでした。引き続き、ラモーンズのロフト、アートゥロ・ベガのアパートの行方は見届けてまたおしらせするつもりです。

 

YUKI / RFCJ