最新ニュースとフィルモア楽器社長に関する大切なおしらせ

 

 

本日、7月20日は『Pleasnat Dreams』がリリースされた日です。1981年のこと。ちょうど初来日公演はこのアルバムがリリースされる1年前になる。ジョーイの彼女としてリンダも来日しているのが1980年6月。『K.K.K』が収録されているアルバムのリリースが1981年7月。

 

 

 

 

「このバンド、立ち止まらないなぁ」と変なところで感心してしまいます。ちなみに1982年の夏はUSフェスティバル。これは映像が商品になっているので、ジョーイがバットを持ってステージに立っているカッコイイ動画はみんな見ているよね? 不在のバンドでも、こうやって残された映像や活字の記録を繋げていくと、バンドのスタンスやムードまで伝わってくる。それがたとえ擬似的だったとしてもだ。

 

 

『Pleasant Dreams』の前にリリースされた作品は『End Of The Century』。これもアメリカでは売れなかった。ジョニーが「フィル・スペクターがプロデュースしても俺たちの作品は売れない。それならライブ・バンドとして生きて行く」と覚悟を決めたシーンが映画『END OF THE CENTURY』で描かれているけど、この決意が「前に進め」の軍隊的リーダーとしての決意にもなっているんだろうと思います。映画『End Of The Century』をラモーンズ・ファンで見ていない人がいたら、この秋、UNDERGROUND ROCK FESTIVAL=UNDERDOGでいろんなロックのアンダー・グラウンドなドキュメンタリー映画が上映されるので見逃した人は是非この機会にチェックしてみてはどうでしょう?

 

 

 

 

 

大事なおしらせを。ジョニー・ラモーン・シグネルチャー・モデルやCJのベースを製作し、ラモーンズ・ファンには馴染みが深いモズライト・ギター店、FILLMOREの遊佐社長が5月31日に急性胃癌のため急逝されました。アナウンスの許可が出たので本日のおしらせとなったことをお詫びします。ご冥福をお祈りします。

 

シグネチャー・モデルの製作が決定したことを伝えた時、ジョニーは本当に喜んでいて何度も「遊佐社長にサンキューを」と言い、常に敬意を払ってました。

 

遊佐社長とCJ.

 

 

CJのベース盗難事件の時のことは書籍に書きましたが、ラモーンズ・ファン・クラブ主催の聖地巡礼ツアー<東京編>でお店を訪ねた時、いつも温かく迎えてくれました(その時の様子はこちら)。来日のたびに必ずお店に顔をだしていたCJにも伝えました。長いコメントの中の「非常に悲しいニュースだ」と「社長は好きな事を仕事として生きてこられた方。きっと良い人生だったと思う」というメッセージが印象的でした。R.I.P.

 

 

最後に、九州の豪雨で被害に遭われた会員の方の1日も早い復興を願います。そして、会員のみなさま、なかなか収束しないコロナに負けず前を向いていきましょう。告知をしたZOOMによる会員とのオンライン・ディスカッションは私の仕事が立て込んでいて少し遅れてるけど、今月中に日程をおしらせします。来月にはあれこれ喋りましょう。

 

YUKI / RFCJ